日本人ライダーが世界で苦戦するのは何故か?

この記事は素人が勝手に考察しているので間違いや拙い表現はお許しください

まもなく開幕する2018年MOTOGPですが、昨年は中上選手や鈴木選手、佐々木選手の活躍がありましたが、チャンピオンを争うほどの活躍ではありませんでしたね。1990年後半から2000年の初め辺りまでは、日本人が表彰台の常連となっていたロードレース世界選手権(WGP)でした。最高峰のGP500ではチャンピオンこそ獲得していませんが、トップ争いには必ず誰か日本人がいました。GP125やGP250では何人もチャンピオンが生まれた時代でした。

GP500からMOTOGPへ

環境問題が取り沙汰された2000年にロードレース世界選手権を統括するFIMがが2サイクル500ccエンジン(レギュレーション上は4サイクルでも参戦可能)を使用するGP500から4サイクル(990cc→800cc→1000ccと変遷)を使用するMOTOGPへと最高峰クラスのレギュレーション変更を発表しました。2002年から2006年までは4ストローク990ccと2ストローク500ccが混走するクラスへと変わり、2007年からは完全に4ストロークエンジンを使用するレーシングマシンのみのクラスへと移行しました。
その後もコスト削減などの取り組みでレギュレーションは変更されていますが、大枠の4ストローク1000ccレーシングマシンを使用するクラスとなっています。

最高峰クラスが変更になってからの日本人ライダー

MOTOGPになってから優勝した日本人は2002年に日本人初優勝を遂げた宇川徹と2004年に2勝を挙げた玉田誠のみですが、梁明、加藤大治郎、中野真矢、中須賀克行が表彰台を獲得しています。
Ukawa

GP500のリザルト

MOTOGPになってから日本人ライダーの活躍が難しくなっていると思っていてもGP500当時はどうだったのかを確認しておくべきですね。
GP500クラスで優勝したことのある日本人は岡田忠之の4勝、阿部典史が3勝、金谷秀夫の1勝で、表彰台であれば平忠彦、河崎裕之、伊藤巧、青木宣篤、伊藤真一、宇川徹、原田哲也、芳賀紀行、中野真矢とそうそうたる面子です。1990年代以前の方もいますが、500ccクラスということで。

GP250やGP125

GP250やGP125になると、もっと沢山のライダーが優勝、もしくは表彰台を獲得しています。年間チャンピオンもGP250では原田哲也、加藤大治郎、青山博一、GP125では坂田和人、青木治親が獲得しています。
表彰台独占ということも多々あって、今で言えばスペイン勢やイタリヤ勢という感じでしょうか?レジェンドライダーであるバレンティーノ・ロッシも坂田や上田、阿部というライダーに憧れていたと言います。

上位を走ることが難しい

今と昔では色々と違っているので比較するのは無理があるかと思いますが、ある頃から日本人ライダーは参戦しているけども上位を走ることが少なくなってきたと感じています。MOTOGPマシンが市販されているものではなく、とても高価なプレミアムクラスと位置付けされたことにより、プライベータが存在しなくなったこと。そして全日本ロードレースや他の国内選手権に同等のクラスが存在しなくなったこと、且つ、MOTOGPクラスがチーム制になり、限られたチームに所属できる限られたライダーのみが参戦できる、まさにプレミアムなクラスになりました。
メーカーワークス以外のチームもメーカーからマシンを貸与される形で、高額なレンタル料が必要になり、そこにはスポンサーの意向が大きく力を持つようになりました。
やはり2輪ロードレースが盛んなのはヨーロッパです。スペインやイタリヤは国としては厳しいようですが、高額なスポンサー費用を提供するだけのメリットがあるのでしょう。
ライダーが速ければ使いたいチームはあるのですが、スポンサーが付いてくればなどの話もあるようで、日本ではマイナースポーツな2輪ロードレースでは、ライダーがスポンサーを見つけてくるというのは簡単な話ではないでしょう。

1990年代に話を戻しますが、当時はワイルドカードで出場する日本人選手が大活躍するということがよくありました。多くの場合、開幕戦が鈴鹿ということもあり、使用するマシンは前年度全日本チャンピオンを取ったもので、外国人勢に比べて、鈴鹿のコースでセッティングが出せていて、WGPに向けて更にチューニングはしていたとしても、乗り慣れたマシンで走り慣れたコースというのはアドヴァンテージを持っていたと考えています。また、メーカーワークスが全日本を含めて参戦していたことも大きく、ワークスライダーの場合は、全日本で乗っていたマシンもWGP仕様に近いマシンだったのではないかと思います。
これが変わってきた要因のひとつとして、経済的な影響もあり、参加し易さに振ったレギュレーションの全日本仕様がWGP仕様と違うものになってしまったことがあるのではないでしょうか?特にGP125などは全日本でチャンピオンを取ったマシンがWGPを戦うライダーと、直線スピードが10km単位で違うというのでは参加しても下位を走るしかないでしょう。これが現在のMOTO2、MOTO3になると、そもそもマシン自体が大きく違ってしまっているので優勝争いをするというよりも・・・
それでも、参戦するライダーは一生懸命戦って、何かを学び取ろうとしている姿勢は素晴らしいです。
スペインなどはCEVをMOTOGPを目指すための取り組みが行われていて、今のスペイン勢が大挙して参戦する状況を作りあげているそうです。当然、モータースポーツが盛んなお国柄というのはあると思いますが、例えばMOTO2やMOTO3と同等のクラスがあり、そこからMOTOGPのMOTO2やMOTO3へステップアップするライダーもいます。いまだとCEVやMOTOGPアカデミーなどに参戦して、そこからMOTOGPのMOTO3へステップアップするというのがキャリアプランになるのでしょうか。

日本人の若手ライダーも参加していますが、そこから先が難しいようです。チームに所属するにも日本人でスポンサーも持たないライダーでは、速さで参戦できてもチームが何ランクか下のチームになってしまうのでは、結果を出すことが難しいでしょう。そんな中でもMOTO2で富沢や中上が勝利を手に出来たのは、周りのサポートと、やはり本人に力があったからですね。

と、ここまでマシンを同じ仕様にすればいいのではないか?というようなことをツラツラと書いていますが、若手ライダーの多くは親御さんの理解と助けで活動しているのです。MOTO3と同じ仕様のマシンにしたら、車両価格だけで上の方の何百万円ではすまないかもしれません。ちょうど冬季オリンピックが開かれていましたが、そちらも同様に親御さんの助けで活動できている選手が多いそうです。日本にはMOTOGPとWSBでトップクラスのメーカーが4社もあります。ここはメーカーに頑張って欲しいという気はしますが、国内の2輪売上は低迷しているようですし、レースに対しての意気込みはあっても、必要以上の投資は株主が許さないとか・・・メーカーに頑張ってという訳にもいかないのかもしれません。

2018シーズンには期待

2018シーズンはなんと言っても中上選手がMOTOGPクラスに参戦します。中上選手の努力もありますが、ホンダのバックアップ、そして出光さんがスポンサーとして付いてくれていることでLCRにもう1シート増やすことができたのだと思います。中上選手には序盤と言わず初戦からTOP10入りして力を示して欲しいところです。
Nakagami
MOTO2には長島選手がチームを移籍して参戦します。中上選手の空いたシートに移ったことになりますが、こちらも出光さんがスポンサーしているチームアジアでの参戦で、監督が青山博一というホンダ直系とも言えるチームです。チーム力は不安な点もあるのですが、正直、来年からMOTO2はエンジンがホンダからトライアンフに変わるので、来期以降は判らないですから今シーズン頑張ってほしい!
Nagashima
MOTO3には、昨年上位争いを演じた鈴木選手、佐々木選手、昨年は少し波に乗れなかった鳥羽選手、そしてステップアップの真﨑選手が参戦します。
特に鈴木選手はトップグループに頻繁に顔を出すようになっているので、一度、勝ちを覚えてしまえばガンガンと行くかもしれません。この辺りは若手なら誰でもそうなのかもしれません。
Suzuki
Sasaki
Toba
必要以上にナショナリズムを出す気はありませんが、がんばれ!ニッポン人ライダー!!ということで。